
夕方5時過ぎから、それぞれの作った料理やデザート、飲み物が運ばれてくる。料理も重ならないように事前の打ち合わせで、担当メニューまで決められている。
会場の設営が終わり、みんな集まって大宴会が始まる。テーブルの上に並べられた料理は、ハワイ風日本食。日本では、お目に掛かった事のない料理に最初は驚いたが、日本に帰国した僕にとっては懐かしい日本食だ。
8時位までそれぞれ飲んで食べて、いよいよ余興が始まる。と言ってもカラオケやかくし芸大会ではなく、翌年の干支の年男・年女が全員前に出て、その干支にちなんだクイズや、仮装大会などアットホームな楽しいイベントだ。これも数ヵ月前から準備をしていた。
契約移民でハワイに移住し、農園で働き続けてきた日系人一世の唯一の楽しみは、集まっての飲み食いだったそうだ。そんな歴史を持っている人達だから、その辺であるものを利用して楽しいゲームを思いつく。
零時が近付くと、婦人方はキッチンに入り年越し蕎麦の準備、僕は男性陣と爆竹の準備に入る。ハワイ州は、独立記念日と元旦だけ花火をあげることを許可している。だからクリスマスが近づく頃になると、COSTCOでもセーフウェイでもどこでも大量の爆竹の発売を始める。毎年僕達は2万5千発の爆竹を用意した。ゲストハウスの前の斜面に刺した、太くて長い竹竿の先端に爆竹を付けて、テラスに集まってカウントダウンする参加者の声に合わせて着火する。ほぼ同時にあちらこちらで爆発音が鳴り響く。農園は、カイルアの街を見下ろす高台にあるので、そこいら中でパチパチしているのが見える。
以前ハワイアンの友達が、ハワイ州の消防署員は、年末は全員出勤して待機していると言っていたが、その時は信じていなかった。しかし本当だということがわかった。ようやく爆竹が一通り終わった頃、裾野を走る消防車の赤い光が見え隠れし、遠くからサイレン音が微かに聞こえる。その走っていく方向を見ると火災が起きていた。テラスからそれを一緒に見ていた日系人が、「毎年数軒は焼ける。若い奴らは、火の始末が悪いからな。」とぽつりとつぶやいた。
静寂が戻ると共に、誰とはなしに皆が肩を組んで全員で「蛍の光》を、英語と日本語で2回歌い、「ア・ハッピー・ニュー・イヤー!」と一人ずつ全員が抱き合ってセレモニーが終わる。
そして蕎麦とソーメンが混ざった、乾燥エビで出汁をとった不思議なハワイ風年越し蕎麦を食べる。
こんな素敵な地元の人々の年末行事に、14年も続けて参加できた僕は本当に幸せだった。
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