
14年続けて来たと言えば、元旦の行事も忘れられない。全員でニュー・イヤー・イヴ・パーティーの片付けを済ませ、ゲストハウスで2時間ほど仮眠を取り、午前4時半頃に完全防備でマウナケア山頂に向かって出発する。4,205メートルの山頂でご来光を仰ぐためだ。
駐在初めての年に、現在の日本人が忘れてしまったような、昔の日本の集まりのようなパーティーに参加させてもらい、日系人三世も四世も綿々と一世の日本文化を受け継いでいるんだと感心した。そしてパーティーも終わる頃、元旦にハワイ州最高峰のマウナケア山にご来光を見に行くけど、誰か一緒に行かないかと誘ったら、みんなが呆れた顔をして僕を見ていた。
「なして元旦の朝早く、あんな山の上まで行くんだ?」
「雪が降っとるぞ!」
「日出なんて見てなんになる。」
予想外の反応に驚いてしまった。
これほど日本文化を継承して来た人達なのに、どうやら初日の出の習慣はまったく受け継がれていなかった。もしかして日本の初日の出を見に行く習慣は、そんなに古いものではないのかもしれない??
結局僕一人で行った。
頂上までは、一部区間を除いてほぼ舗装してある。しかし一気に頂上まで上がると、人間にも車にも危険だ。途中で何回も車を停めて気圧調整をする。そこで持参したコーヒーを飲み一服してから、ガソリンタンクの蓋を開けて、中に充満した圧を逃がしてやる。これをしないと頂上に近づいた頃には、ガソリンが蓋を押し上げて噴き出してしまう。
6時半頃に頂上に着いた。四輪駆動車が3台駐車していた。やはり初日の出を拝みに来る人は、少数でもハワイにいたんだと思い、持参したポットに入れたコナコーヒーをお裾分けしようと外にでた。しかし完全防備と言っても、所詮常夏のハワイでの重ね着ルックだ。強風と寒さで外に出ても1分と立って居られず、慌てて車に戻った。
ハワイ島ヒロの方角が、薄ら明るくなってきた。右手には、雲から頭を出した4,169メートルのマウナロアの頂が見える。それまで寒さに息をこらして車内でじっとしていたが、思い切って外に出た。それを合図にするかのように、他の車からも降りてきた人達を見て驚いた。見るからに日本からの日本人だった。やはりご来光を拝むのは、日系人の習慣には無かった。その日本人達にコナコーヒーをお裾分けしてあげた。マウナケア山頂での飲むコナコーヒーは、格別の味だった。
帰りは、登りより注意が必要だ。急斜面を下りる時、フットブレーキを使い過ぎると、加熱してまったくブレーキが利かなくなってしまうから、極力エンジンブレーキを使う。
四輪駆動車ならエンジンブレーキを多用できるが、乗用車では不可能だ。毎年無謀な観光客がレンタカーで登頂して、帰りにブレーキが利かず惨事を起こしている。降りはじめて3,000メートル位までは、気圧の関係で強烈な睡魔に襲われる。ようやくコナの家に着き、またそこで数時間仮眠して、お昼にはキムラストアーに行く。昨夜のニュー・イヤー・イヴ・パーティーとまったく同じ顔触れが、もう顔を真っ赤にしてお屠蘇を飲んで新年会が始まっている。その宴会は、延々と夜まで続くのだ。
この大晦日から元旦の行事は、ハワイ島に駐在した14年間続けた。だからこの時期になると、無性にハワイ島が懐かしくなる。
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