失われたコーヒー、まだ誰もその価値を見出していないコーヒーを探し求めて旅してきた。
いつしか人は僕をコーヒーハンターと呼ぶようになった...

コーヒー探訪記

2008年8月4日⑤

ホノルルの長井千文先生の自宅を訪問した。長井先生は、日本生まれの日本人で、また世界的にも数少ないコーヒーの遺伝子の専門家で農学博士だ。ご主人は、アメリカ人のエンジニアでタンクの設計と製造会社を経営していて、オアフ島のホノルルの反対側、カイルア近郊の素敵な家に住んでいる。午後家に伺い、皆でカイルアビーチに行きボディーサーフィンを楽しんでから自宅で夕食をよばれた。

1991年に共通の友達のクリスマスパーティーで会ったのが最初で、その後会う機会が無かったが、数年後にHCA(Hawaii Coffee Association:ハワイコーヒー協会)の年次総会をカウアイ島のカウアイコーヒーカンパニーで開催した際、カウアイコーヒーのフランク・カイガー社長に改めて紹介された。HCAは、フランクやコナのグリーンウエルファームのトム・グリーンウエル達と、今後のハワイ州のコーヒー産業育成のために必要だと話し合い、ハワイ州各島の生産者とコーヒー焙煎・販売業者を集めて設立した会だ。毎年、各島持ち回りで年次総会と展示会や勉強会を開いていた。またほぼ同時に生産者だけのHCGA(Hawaii Coffee Growers Association:ハワイコーヒー生産者協会)も皆で設立した。

1999年にマダガスカルで、絶滅危惧種マスカロコフェアの放棄された実験区を探し当て、ハワイに戻って一番最初に訪れたのは、ホノルル郊外アイエアのHARC(Hawaii Agriculture Research Center:ハワイ農業研究センター)の長井先生の研究室だった。

興奮して撮影してきた写真やビデオを見てもらい、このプロジェクトの主任研究員になれるのは長井先生しかいないと説得し、その後のUCCのマダガスカルプロジェクトに僕が引きずり込んでしまった。

長井先生と会うと、何時間でもコーヒーの話はつきない。会う度に遺伝子や、品種の興味深い話を聞かせてもらえる。またかなり早い段階から、コーヒーのDNA分析を始めたのも長井先生だ。マウイやカウアイで栽培されているモカも、長井先生の研究によって苗が供給されるようになったものだ。また先生は、HCGAに対し技術的な助言や研究を担って下さった。

もう10年位前になるだろうか。偽物が多いジャマイカのブルーマウンテンコーヒーを、DNAで分析して判別できないかという話題で、先生と話が盛り上がった。

そこでその次のジャマイカ出張の際に、事前にCIB(Jamaica Coffee Industry Board:ジャマイカコーヒー産業公社)の協力を取り付けて、ブルーマウンテン山脈内の数か所で葉とコーヒーチェリーのサンプルを採取し、水を浸したキッチンタオルで覆い、更にジップロックバックに入れて、DHLでハワイの先生の研究室に送った。

コーヒーの病虫害が入って来ないための予防処置として、ハワイではコーヒーの木や実を持ち込むのは州法で禁じられている。生豆も輸入する場合は、アメリカ本土で薫燻しなければ許可されず、またアフリカのコーヒーは薫燻しても輸入できない。それは、東アフリカにしか発生しないCBD(Coffee Berry Disease:実に着く菌で実が落ちてしまう病気)の脅威があるからだ。

そこでハワイ州農務局検疫課に事前にサンプルの持ち込みを申請し、届いたサンプルは検疫官立会の下で分析用に処理し実験した。

結論から言えば、DNAでは品種を突き止めることはできたが、ブルーマウンテンコーヒーという銘柄を特定することはできなかった。つまりブルーマウンテンは銘柄であって、味の特徴は、品種と栽培環境の相互作用の賜物だ。しかし理論的に言えば、やろうと思えばできない事はない。つまりブルーマウンテンで栽培されている全ての品種とタイプのDNA分析を行い、それとは当てはまらないDNA結果が出れば、非常に疑わしいコーヒーだとは言える。しかしそれだけのマーカーを集めるのには、膨大な費用と時間がかかる。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまう。またどこかで会う事を約束して失礼した。

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