
14年続けて来たと言えば、元旦の行事も忘れられない。全員でニュー・イヤー・イヴ・パーティーの片付けを済ませ、ゲストハウスで2時間ほど仮眠を取り、午前4時半頃に完全防備でマウナケア山頂に向かって出発する。4,205メートルの山頂でご来光を仰ぐためだ。
夕方5時過ぎから、それぞれの作った料理やデザート、飲み物が運ばれてくる。料理も重ならないように事前の打ち合わせで、担当メニューまで決められている。
会場の設営が終わり、みんな集まって大宴会が始まる。テーブルの上に並べられた料理は、ハワイ風日本食。日本では、お目に掛かった事のない料理に最初は驚いたが、日本に帰国した僕にとっては懐かしい日本食だ。
ハワイ島に住んでいた頃、毎年この日になると昼からが忙しかった。コーヒーの収穫はピークが過ぎているが、まだコーヒー樹には青い実も赤い実も残っている。しかし農園作業は、昼までに終わり、皆家に帰ってニュー・イヤー・イヴ・パーティーの準備に入る。
ホノルルの長井千文先生の自宅を訪問した。長井先生は、日本生まれの日本人で、また世界的にも数少ないコーヒーの遺伝子の専門家で農学博士だ。ご主人は、アメリカ人のエンジニアでタンクの設計と製造会社を経営していて、オアフ島のホノルルの反対側、カイルア近郊の素敵な家に住んでいる。午後家に伺い、皆でカイルアビーチに行きボディーサーフィンを楽しんでから自宅で夕食をよばれた。
1989年にジャマイカからハワイ島に転勤して、僕が開発した農園を訪れた。いろいろなことがあった思い出の多い農園だ。
ハワイに14年半滞在したが、日本に住むようになって初めてハワイの良さと、どうして日本人がハワイに行きたがるのか理解できた。住んでいる時は、あの気候も大自然も当たり前のように感じていた。
ジョンに会いに彼の水洗工場に行った。携帯電話も持たない根っからの風来坊ジョンに連絡を取るのは至難の業だ。コナに住んでいた当時は、工場に行って黒板に伝言を残すと、しばらくして電話がかかってきた。しかし日本からはそういう訳にはいかない。まだコーヒーの収穫が始まらないから、多分いないだろうと思ったら案の定いなかった。
久し振りにハワイ島コナを訪れた。去年の6月以来のコナだ。
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