
ぼくの人生は多くの人から多くの影響を受けてきたが、とりわけ最も大きい影響を与えてくれたのはやはり父だ。そもそも父がコーヒーに関わる仕事をしていなければ、ぼくも今の仕事をしていなかったわけだから。
農業高校で測量士の資格を取った父は、将来は満州の原野を駆けめぐって開発事業にあたりたいという大志を持っていた。しかし時代は戦時中のことで、ほかの兄弟たちは兵隊や軍属として出征を余儀なくされていた。跡継ぎがいなくなることを危惧した祖母は、いろいろな方面に手を回して父の徴兵をうまく逃れた。その代わりに父は自由に仕事を選ぶことも許されず、静岡県庁で測量技師として働くことになった。
「このまま静岡でずっと生活していくのだろうか?」
漠とした気持ちを抱えていた父は、たまたま飲んだコーヒーの味にすっかり魅せられてしまった。
「これだ! 自分もコーヒーに関わる仕事をしよう!」
しかし当時の静岡では、コーヒーに関する情報など皆無に等しかった。いろいろなつてをたどって情報を集めた父は、静岡から遠く離れた大阪のコーヒー店で焙煎の修行をさせてもらうことになった。しかも県庁職員の生活を続けながらだ。
まだ新幹線も開通していない時代、毎週土曜に半ドンで県庁の仕事が終わると、夜行列車に乗って大阪に向かい、コーヒーの焙煎を教えてもらう。しっかりと焙煎技術を学んだら日曜夜に夜行に飛び乗り、月曜朝にはそのまま県庁に出勤するという生活を、父はなんと三年も続けた。目標がはっきりと定まっていれば、どんな苦労も気にかけない。そんなところは、ぼくもそのまま受け継いでいるかもしれない。
修行の成果もあって、3年後の1953年に父は自分のコーヒー卸業を開業することができた。
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