
海岸の町マハヌルに立ち寄った。町中を車でゆっくり走っていると、食堂とは趣が違う屋台があり、裏で男性が木槌で臼を突いている。よく見ると屋台のテーブルの上には、コーヒーカップが並べてある。まさかコーヒーショップ!?と思い、運転手に車を止めてもらい中に入って行った。やはり思った通りだった。臼の中は、焙煎したコーヒー豆で粉砕作業の真っ最中だった。そして別の小屋では、焙煎と抽出をしていた。
マルチリリの修道院に到着した。7月に植えたコングスタの成長具合の確認と、修道院が経営する学校の生徒にコーヒー栽培を指導するのが、今回の訪問の目的に一つだった。
職業訓練も兼ねているこの学校には、近隣の10の村から集まった15歳から24歳の33名の学生(女子16人、男子17人)が、寮に入って勉強している。全員農家の子弟だ。
修道院に向かう前に、マハヌルの市場で修道院への差し入れを買って行くことにした。ウィークデーだというのに、市場は混んでいた。
どこの産地に行っても、僕は必ず市場に行く。そこに行くとその国の農業・漁業の水準や流通も理解できるしまた文化も垣間見ることができておもしろい。
ちょうどバニラの花も咲いていた。結実するといんげん豆のように細長く伸びて行き、香り高いバニラになる。マダガスカルのバニラは、世界的に最高級品として有名で、また生産量も世界一だ。この香り高いバニラはラン科の植物で、日本ではマダガスカルやタヒチ産が有名だが、実は原産地はメキシコでこの地を侵略したスペイン人がヨーロッパに紹介した。しかしその当時のバニラは種子鞘が短く、現在のような形になったのは、19世紀中頃に人工授粉の技術を持っていたフランス人が交配を繰り返し、種子鞘を長くすることに成功してからだ。だからバニラの生産地が、フランスの元植民地に多いのも頷ける。
本当に暑いが、木蔭へ入ると涼しくてとても爽やか。しかしこの時期のアンタナナリブは、いつもならもっと底冷えがするはず。ホテルを出て散歩をしたが、やはりおかしい。もうジャカランダの花が咲いている。いつもなら10月末に咲く花だ。
地球の温暖化は、深刻な問題だ。
2か月半振りのマダガスカルだ。9月は、まだ冬の終わりだからと長袖を持ってきたのに、首都アンタタナリブに着いた時には、あまりの温かさに驚いた。迎えに来てくれた親友のアレキシスも、今年は冬が短かったと言っていた。
「2008年9月26日~28日 マダガスカル アンタナナリブ」の続きを読む
今日は、周辺の既存の農園視察に出かけた。とてもプランテーションとはいえないコーヒー畑が、農家の裏庭に点在している。
シスター達は、首を長くして僕の到着を待っていてくれた。今回の訪問には、JETROのケニア事務所から本プロジェクト担当のスタッフと、日本の本部からも2名が参加し、さらに現地でサポートしてくれているJICAの 専門家も加わったメンバーに、マダガスカル人の日本語通訳リナさんが加わっている。2台のランドクルーザーが、修道院の敷地に入っていくと、院長のシスター・オノリン(Honorine)と農作業担当のシスター・ジョセフィン(Josephine)が、両手を広げながら満面の笑顔で我々の方に向かって来る。去年の10月以来の再会だ。
朝コンコン亭を、四輪駆動車で出発しマハヌルの町に向かう。バドマンドリーからマハヌルまでの行程に、以前は橋の架かっていない大きな川がいくつかあり渡河するのに大変だった。
昨夜遅くアンタナナリブから陸路7時間かけて、バトマンドリー村に着いた。初めてこの村を訪れた1999年当時は、首都から普通で12時間、雨期には16時間かかったことを思えば雲泥の差だ。
7月14日午後6時10分成田空港を発ち、バンコクまで約6時間半。そこからマダガスカル航空の深夜便に乗り換えて、レユニオン島経由でマダガスカルの首都アンタナナリブに15日午前8時に着いた。日本を出てから18時間の旅だった。
もう何回この島を訪れたことだろう。20回以上は来ている。年に最低2回は来ていたから、今回のように9か月振りというのは珍しい。
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