
今日は、周辺の既存の農園視察に出かけた。とてもプランテーションとはいえないコーヒー畑が、農家の裏庭に点在している。

特に手も掛けずに実が付いただけ収穫して、仲買人に乾燥脱穀した豆を売っている。収穫量や品質とは無縁のコーヒー栽培だ。これでは、国際商品にはなれない。何とかしなければ!
この地域のコーヒーの加工方法は、収穫した赤いコーヒーチェリーを、そのまま乾燥させて脱穀する非水洗方式だ。通常チェリーを天日乾燥させるのに、2週間程度はかかる。昨年この地域の農家を視察した際、驚くべき光景を目にした。素焼の器に入れたコーヒーチェリーを下から炭火であぶっている。

一体なにをしているのか尋ねると、火を通した方が早く乾燥すると言う。それでは、品質が落ちてしまうから普通に天日に干したらどうかと話したら、雨期になると天日だけでは乾燥できなくてカビが生えてしまうから、この方が良いのだと言う。その日は晴天だったが、特に品質にこだわらない仲買人が地元消費用に購入するから、農民も手間暇をかけなくなってしまったのだろう。
今年は、またすごい精選方法を目にした。チェリーを、木の臼に入れて棍棒で突いている。果肉を簡単に落としてから、選別もしないで乾燥させている。やはり少しでも早く乾燥させるためだと言う。収穫期と雨期が重なる産地は世界中にたくさんある。しかしどこでも工夫をして乾燥させている。
このプロジェクトは、栽培方法を指導するだけでは産業として成り立たないのは昨年の調査で理解した。やはり精選から出荷まで、一貫して取り組んで行く必要がある。昨年の調査中に偶然農業指導をしている修道院を見付けることが出来たことは、非常に幸いなことだったと言えるだろう。援助と言っても、単に農園を作ってあげて引き上げるようなことをしては、地元の人々はそれを継続・維持できない。援助はチャリティーであってはならないと思う。我々がいなくなっても地元に人々の手によって産業として残らなければ、何の意味もない。その点、地元住人から信頼の厚い修道院が中核となれば、新しい技術や品質という観念も受け入れやすい。
そんなことを考えながら村々を回っている時、面白い光景に出くわした。高さ60センチ・直径30センチ位の二本の丸太をくり抜いた筒の中に、棒を差し込んで両手で支えて持っているオジサンがいた。場所は、村の中央の砂地の椰子の木の下だった。筒から80センチくらい離れた所は少し掘り下げられていて炭が固まって置かれている。そしてもう一人の男が、農作業に使う鎌を大きな金槌で叩いていた。最初は何だろうと思って近づいて見たが、やっと判った。そうかこれは、人力の炉だ。

金槌で真っ赤に焼けた鎌を叩いていた男が、炭の中に鎌の刃を戻すと、棒を持っていたおじさんがテンポ良く両手を交互に上下させ始めた。すると地面の下の筒を通して風が起こり、炭が真っ赤になって刃を焼いている。そうか、ここは村の鍛冶屋さんだったんだ。なんとクリエイティブな人達なのだろう。この調子で工夫してコーヒーを一緒にやっていこうよ!
道路沿いに見えるコーヒー畑を視察しながら、宿泊先のコンコン亭に向かった。最後の農園視察を終えて車に乗りかけた時、通訳のリナさんが飲み終わった水のペットボトルを、道路脇の草の上にそっと置いた。投げ捨てるというより置いた感じだったが、僕はすかさずゴミを捨てては駄目じゃないか、自分の国をきれいに保つようにしようよと言った。彼はペットボトルを取って車に戻り、《ゴミを捨てたのではありません。ボトルを、目に付く所に置いたのです。日本のように恵まれた国から来た人にはわからないでしょうが、 こうしておけばここを通る村人が拾って、ボトルに水を溜めて炊事や農作業に行く時に使うのです。》と言って、運転手に車を進めるように言った。数十メートル先を歩いていた農作業帰りの家族連れの所まで車が行くと、リナさんは運転手に止まるように頼み窓から空のペットボトルを渡した。農民は嬉しそうに受け取り頭を下げた。《本当だ!リナさん済まなかった。》

そう言えば、田舎の市場をのぞいた時、野菜や果物を売っている中でペットボトルを並べているおばさんがいたが、あれは空きボトルを売っていたんだ。
ふと、ブルーマウンテンの開発で、ジャマイカに駐在していた頃のことを思い出した。
1980年代の話だが、使い切った農薬のプラスティックの容器を家に持って帰っても良いかと労働者に聞かれ、何故かと尋ねたら水汲みに使うと言われた。とんでもない、そんなことをしたら体に悪いから絶対に駄目だと言ったが、どうやら僕がケチなことを言っていると感じたらしく、不満そうな顔をして立ち去ろうとした。呼び止めてさらに説明しようとしたが、振り切って行ってしまった。
たまたま僕に尋ねて来たからわかったが、これまでも気付かないうちに空き容器を持って帰って使用している労働者がいたのかと思うとゾッとした。
そこでジャマイカ人農場長と農園で出た廃棄物の処理を徹底する方法を考え、さらに使用済みの容器を飲料水の運搬に使用することがどんなに危険なことなのかを大きな紙に書いて、労働者の目の付く所に貼った。それを機会に、農園で働く労働者の健康管理を徹底させ、半年おきに全員に尿と血液検査を行うことにした。しかし農薬の体への影響を調べてくれる医者を探すがまた一苦労だった。当時誰もそんなことを気にしていなかったから。
これは、現在のサステイナブル・コーヒーに取り組む団体が発足する前の時代の話だが、そんなに大昔のことではない。
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