
「サステイナブルコーヒー」、この言葉を知ったのは、1995年頃だった。SCAA(Specialty Coffee Association of America: アメリカスペシャルティーコーヒー協会)の年次総会に出席した時のことだ。
「持続可能なコーヒー?」いつだってコーヒーは持続可能だ。いつでも畑に行けばコーヒー樹は育っている。いったい何を言っているのか、さっぱり意味が分らなかった。
数年後、コーヒーは投資ファンドの投機の対象となり日に日に価格は上がり、世界の生産国が増産体制に入った。これまでコーヒー業界が経験したことのない、天災や政変による減産に起因しない価格の暴騰に、生産国は何も恐れずに森を切り開いて増産し、消費国の輸入・販売業者は原料価格の暴騰に対し小売価格を上げられずおろおろするばかりだった。そして、こんな状態の中、誰もサステイナブルコーヒーという言葉を口に出さなくなった。
2001年ファンドがコーヒー市場から引き揚げると、未曾有の大暴落が始まった。これがコーヒークライシス(コーヒーの危機)だ。この年のニューヨーク市場は、生豆1ポンド(453グラム)41.50セントの最安値をつけた。この価格は、26年前の1975年4月、ブラジル霜害前の価格45.25セントを下回っている。
産地の生産者の惨状は目を覆うものがあった。緑豊かな農園が次の訪問では、シェードツリーもコーヒーも伐採され牧草地に変わり、顔馴染みの生産者一家やそこで働く労働者達の姿はそこになかった。そんな悲しい現実を数多くの生産国で見てきた。そして失われて行くのは、コーヒー生産者と農園だけではなく、自然も破壊されて行くことを知った。
同じ頃、消費国の輸入・販売業者は、これまでの損失を埋める好機到来とばかりに、この最低価格を享受していた。
コーヒーの価格は、下がれば生産者が嘆き、上がれば消費国の業者がうろたえるが、下がり過ぎても上がり過ぎても自然環境は破壊されていく。
何とかしなければ、おいしいコーヒーが飲み続けられなくなる。そうか、これがアンサステイナブル(持続不可能)な状況なのだ。何か少し分かりかけてきた感じがした。
その後、それぞれ独自の理念を持ってサステイナブルコーヒーに取り組む団体や個人があることを知り、彼らのサポートをすることが、産地と消費国の両方を知っている僕の使命だと感じた。
幸い僕の大好きなコーヒーは、日陰で育つ数少ない植物だ。森を再生するとき、コーヒーは最高のパートナーとなってくれる。そしてコーヒー園には、無数の生物と植物が生活している。生産国の自然環境や人々の暮らし・労働環境を維持・向上させながらコーヒー作りに励み、消費国の人々が継続しておいしくて安心・安全なコーヒーを飲み続けられる世界、これがサステイナブルコーヒーだ。
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